実際に地方入管ごとの交付率を計算してみると、何が見えてくるのか?
前回の記事では、日本の行政には、民間企業や個人の活動に必要以上に介入するのではなく、法律によって定められた範囲の中で行政権限を行使するという基本的な考え方があることを説明しました。
では、入管行政についてはどうでしょうか。
「入管によって在留資格の審査が厳しい、厳しくないという違いがあるのではないか」
外国人の在留資格に関わる仕事をしている人からは、そんな話を聞くことがあります。
そこで今回は、印象や噂ではなく、実際の数字を見てみたいと思います。
まず、政府統計を見てみる
出入国在留管理庁の「出入国管理統計」には、地方出入国在留管理局管内ごとの在留資格認定証明書交付申請について、
既済総数
交付
不交付
その他
という数字が掲載されています。
つまり、「その年に処理が終わった申請のうち、何件が交付され、何件が不交付になったのか」を地方別に確認することができます。
そこで、今回は2024年の数字を使って、
交付率 = 交付件数 ÷ 既済総数 × 100
として計算してみます。
2024年の全国の既済総数は690,681件。
そのうち交付されたのは636,511件、不交付は44,177件、その他が9,993件でした。
したがって、全国の交付率は、
636,511 ÷ 690,681 ≒ 92.16%
となります。
では、地方ごとに見てみましょう。
地方によって、確かに数字は違う
2024年の数字を計算すると、次のようになります。
| 地方出入国在留管理局管内 | 既済総数 | 交付 | 不交付 | 交付率 |
|---|---|---|---|---|
| 札幌 | 17,797 | 16,685 | 683 | 93.75% |
| 仙台 | 20,999 | 18,156 | 1,944 | 86.46% |
| 東京管内 | 352,441 | 324,660 | 23,537 | 92.12% |
| 名古屋 | 89,275 | 83,566 | 4,577 | 93.60% |
| 大阪管内 | 105,117 | 99,553 | 3,833 | 94.71% |
| 広島 | 32,900 | 30,488 | 1,931 | 92.67% |
| 高松 | 12,223 | 11,497 | 525 | 94.06% |
| 福岡管内 | 59,929 | 51,906 | 7,147 | 86.62% |
| 那覇 | 6,894 | 5,910 | 897 | 85.72% |
| 全国 | 690,681 | 636,511 | 44,177 | 92.16% |
数字だけを見ると、かなり大きな違いがあることが分かります。
たとえば大阪管内は94.71%。
一方、那覇は85.72%です。
その差は約9ポイントあります。
仙台も86.46%、福岡管内も86.62%ですから、全国平均の92.16%と比べると5ポイント以上低くなっています。
反対に、札幌、名古屋、高松、大阪などは全国平均を上回っています。
つまり、
「地方によって在留資格認定証明書の交付率が違っている」
ということ自体は、単なる噂ではありません。
少なくとも2024年の政府統計を見る限り、数字として確認できます。
しかし、ここで非常に重要な問題があります
では、この数字を見て、
「大阪の入管は審査が甘い」
「那覇の入管は審査が厳しい」
「仙台は不交付にする割合が高い」
と結論づけていいのでしょうか。
実は、そこには大きな問題があります。
なぜなら、今回の数字は、
「その地域で処理された申請の結果」
を示しているだけだからです。
たとえば、東京に集まっている申請者と、那覇に集まっている申請者が、全員まったく同じ条件だったとしましょう。
学歴も同じ。
日本語能力も同じ。
学校も同じ。
経費支弁能力も同じ。
国籍も同じ。
提出書類も同じ。
過去の在留歴も同じ。
そして申請する在留資格も同じ。
そのような条件をそろえたうえで、東京だけ92%、那覇だけ86%という結果になったのであれば、当然、「なぜ差が生じるのか」という問題は非常に大きくなります。
しかし、現実の申請者は、そんなに均一ではありません。
地域によって、
外国人の国籍構成
日本語学校の構成
大学・専門学校の構成
企業の構成
在留資格の種類
申請者の学歴
経費支弁の状況
過去の在留歴
申請書類の内容
などが異なります。
したがって、
「交付率が違う」ことと、「審査基準が違う」ことは、まったく同じ意味ではありません。
ここを混同してはいけません。
実は、東京管内の中にも差がある
さらに興味深いのは、東京管内です。
東京出入国在留管理局管内全体では、交付率は92.12%でした。
しかし、その内訳を見ると、
東京出入国在留管理局……92.53%
横浜支局……86.16%
となっています。
つまり、同じ「東京管内」とされる地域の中でも、結果には差があります。
これもまた、
「横浜支局のほうが厳しい」
と直ちに言うことはできません。
横浜で処理されている申請者と東京で処理されている申請者の構成が同じとは限らないからです。
むしろ、この数字を見て私たちが考えるべきなのは、
「なぜ差があるのか?」
という次の問題です。
では、何が原因なのか?
ここからが本当に重要です。
交付率に差がある原因としては、大きく分けていくつかの可能性があります。
① 申請者の構成が違う
最も基本的な問題です。
東京、大阪、福岡、那覇では、集まってくる外国人そのものが違います。
大学生が多い地域もあれば、日本語学校の留学生が多い地域もあります。
また、特定の国・地域からの申請者が多い地域もあります。
したがって、単純な「地方別交付率」だけでは、申請者の違いを調整できません。
② 在留資格の構成が違う
「在留資格認定証明書」と一口に言っても、中身は同じではありません。
2024年に交付された636,511件を見ると、「留学」だけでも173,276件、全体の27.22%を占めています。
そのほか、「技能実習1号ロ」144,914件、「特定技能1号」71,285件、「技術・人文知識・国際業務」67,232件など、さまざまな在留資格があります。
つまり、
東京で処理された申請と福岡で処理された申請が、同じ種類の申請ばかりとは限らない。
これも交付率の差を生む可能性があります。
③ 申請者が所属する学校・企業の違い
留学生の場合、学校によっても状況が違います。
教育内容、学生の在籍状況、過去の申請状況、退学者・所在不明者の状況など、審査に関係する情報はさまざまです。
企業についても同様です。
したがって、地域別に集計された数字だけを見て、
「この地域の入管は厳しい」
と判断することには限界があります。
それでも「地域差」は無視できない
ここで、もう一度数字に戻りましょう。
「申請者の構成が違うのだから、地域差など問題ではない」
ということでもありません。
むしろ逆です。
地域によってこれだけ数字が違うのなら、その理由を調べる価値があります。
2024年の数字では、大阪管内94.71%に対して那覇85.72%。
差は約9ポイントです。
全国690,681件という非常に大きな母数の中で、このような差が存在しているのですから、「なぜなのか」という疑問を持つこと自体は当然です。
ただし、その答えを、
「審査官が違うから」
「地方の入管は厳しいから」
といった単純な説明にしてしまってはいけません。
実は、過去にも同じ問題が国会で議論されている
興味深い資料があります。
2019年5月29日の衆議院法務委員会でも、地方入管によって在留資格認定証明書の交付率に差があることが取り上げられています。
この議論では、札幌、仙台、東京、横浜、名古屋、大阪、福岡などの交付率に差があることが示され、その差を利用して地方への外国人材の誘導を行ってはどうか、という趣旨の意見も出されました。
これに対して出入国在留管理庁側は、
在留資格認定証明書は、個々の申請について入管法令上の要件への適合性を審査し、その結果として要件に適合している場合に交付するもの
という説明をしています。
そして、地方ごとに一定の交付率を設定すると、法律上の要件を満たしている申請まで不交付にしなければならない場合が出てくるため、そのような運用はできない、という趣旨の答弁をしています。
これは非常に重要です。
つまり、
「地方によって結果が違う」
という現象は行政側も認識している一方、
「地方ごとに交付率を設定して審査している」
ということとは別だ、ということです。
「行政が民間に干渉しない」という話ともつながってくる
ここで、最初の記事に戻ります。
行政は、民間企業や個人の活動を何でも自由にコントロールする存在ではありません。
法律によって与えられた権限の範囲内で活動します。
入管も同じです。
「この外国人は日本に来ないほうがいいだろう」
「この会社は外国人を採用しないほうがいいだろう」
という行政官個人の判断だけで、自由に在留資格を不交付にすることはできません。
申請について、法令上の要件を満たしているかを審査する。
その結果として、交付・不交付が決まる。
したがって、地方によって交付率に差があるからといって、
「地方ごとに好き勝手な基準で審査している」
と考えるのは早計です。
では、「つじつまが合っていれば必ず交付される」のか?
ここも誤解しやすいところです。
前の記事で触れたように、行政は民間や個人の活動に必要以上に干渉しません。
しかし、それは、
「提出された書類のつじつまさえ合っていれば、必ず在留資格が交付される」
という意味ではありません。
申請された資料について、内容の確認や追加資料の提出を求めることもあります。
また、虚偽の申請や不正な資料が確認されれば、それは当然、別の問題になります。
重要なのは、
行政が何を基準として審査できるのか
ということです。
「怪しいから」という漠然とした理由だけではなく、法令や審査の枠組みに沿って判断する。
だからこそ、入管行政について考えるときには、
「もっと厳しくすべきだ」
「もっと簡単に許可すべきだ」
という感情論だけではなく、
「法律上、入管にはどこまでの権限があるのか」
という視点が必要になります。
本当に調べるべきなのは「地方別交付率」だけではない
ここまで見てくると、2024年の数字は非常に興味深いことが分かります。
地方によって交付率には確かに差があります。
しかし、その数字だけでは、その原因は分かりません。
そこで、次の段階では、もっと条件をそろえて比較する必要があります。
たとえば、
「留学」の在留資格だけを比較する。
さらに、
「日本語学校への留学」だけを比較する。
さらに、
国籍をそろえて比較する。
さらに、
同じような学校・教育機関について比較する。
さらに、
同じ年の同じ種類の申請について比較する。
ここまで条件を近づけていけば、単純な地方別交付率とは違った景色が見えてくる可能性があります。
数字は「答え」ではなく「疑問」を作る
今回の分析で一番大切なのは、実は「大阪が94.71%だった」「那覇が85.72%だった」という数字そのものではありません。
大切なのは、
「数字に差がある」
という事実から、
「なぜ差があるのか?」
という次の問いを作ることです。
そして、その問いに答えるためには、さらに細かい統計が必要になります。
これは入管問題に限った話ではありません。
統計を見るときに、
「数字が高いから良い」
「数字が低いから悪い」
と考えるのではなく、
「誰についての数字なのか」
「何を分母にしているのか」
「どの期間の数字なのか」
「申請者の構成は同じなのか」
「他にどんな要因があるのか」
を確認する。
これが、数字を正しく読むということです。
2024年の地方別データは、確かに大きな地域差を示しています。
しかし、その数字だけから「○○の入管は厳しい」「○○の入管は甘い」と結論づけることはできません。
むしろ、この数字から見えてくる本当の問題は、
「なぜ、同じ日本の行政機関で処理されている在留資格認定証明書の交付率に、これほどの差が生じるのか?」
ということなのです。
そして、その答えを探すためには、次に**「在留資格別」に地方差を調べる必要があります。**
特に、日本語学校関係者にとって重要なのは、
「留学」の在留資格だけを取り出して、地方入管ごとの交付率を比較すること。
ここまでやって初めて、
「日本語学校の留学生についても地域差があるのか?」
という、より具体的な問題を検証することができます。
入管行政を感覚ではなく数字から考えるなら、ここからが本当のスタートなのです。
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