いろいろな留学生たちとめぐり合い、そして、卒業していく…。
 その過程には様々なドラマがあり、一生忘れない感動と思い出が残る。
 それが『日本語学校』というところ。
 23年もやっていると、様々なドラマを紡いできた。


 もう遥か昔のお話し。
 私が受け持ったクラスにいた韓国人女子留学生。
 すごく向学心があって、上昇志向が激しくて、すっげぇ努力家。
 その頃は、まだまだ韓国では女性の地位が低いらしく、それに比べたら実力主義へ向かっていた日本へやってきた。
 ミミ―のクラスでめっちゃ頑張っていて、上智大学を目指してた。
 ほぼほぼゼロ初級で入ってきたのに、1年でみるみる上達。
 そして、日本留学試験でも思い切り高得点を取った。
 総合科目なんて、ほぼほぼ満点だったね。
 …って、ミミ―が教えたし(笑)。


 けどね。
 運命って酷いよね。
 お母さんが亡くなっちゃって、退学してどうしても帰国しなければならなくなっちゃった。
 一時帰国から帰ってきて、ミミ―の前でわんわん泣いちゃって…。
 お母さんが死んじゃった、ってね。
 夢をあきらめなきゃいけない、ってね。
 すっごく切ない。
 頑張ったけど、学費が無くて帰国、なんてパターンに比べてもはるかに切なかった。
 だから、最後の思い出に、って、海に連れて行った。

 えこひいき?
 なんて言われようが構わない、って思った。
 ただ、この女性の絶望と不安を、海の女神に癒してもらいたかった。


 ちょっとしたお金が入って、その勢いで取った1級小型船舶操縦士免許。
 日本語学校の近くのマリーナのマリンクラブの会員になってたからクルーザを借りて彼女を海へ。

 旧江戸川のマリーナから出港すると、周りに屋形船が停泊していていてね。
 曳き波を立てないようにゆっくりと前進する。
 屋形船の密集するところを出ると、一気にフルスロットル!!
 半滑走の状態まで持っていく。
 こうなったとたん、みんながみんな、あまりの気持ち良さに雄たけびを上げるんだ!
 
 ゆっくりと右にカーブする江戸川を滑走すると、下手、遠くにシンデレラ城が見えてくる。
 夢と魔法の王国!
 ゆっくりと上手へ蛇行していくと、マンションの向こう側から湾岸線・舞浜大橋が見えてくる。その第2橋脚と第3橋脚の間しかプレジャーボートは通れない。
 その隙間に針路を向け、滑走する…。
 ここまでくると、潮の香りが海から来た風にのってバンバン運ばれてくる!

 同乗者の興奮が高まる!
 舞浜大橋をくぐると、下手にシンデレラ城、上手に葛西臨海公園…。
 三枚洲とディズニーランドホテル群との間を抜けると…
 
 目の前に水平線が広がる!!
 
 同乗者、それに私も、一斉に吠える!!
 
 「I'm the king of the world!」 
 
 水平線…。
 
 東京湾は想像以上に広い。 
 水平線のかなたにポツンと見える風の塔。
 八景島へ遊びに行く時は、風の塔を目指して直進する。
 


 海って本当に素敵。
 海って言の葉を使わずに人を変えちゃう!!
 海には本当に女神がいるよ。


 夏が終わった頃。
 この時、海の女神は嫉妬せず、あたたかく優しく彼女とミミ―を迎えてくれた。
 鏡面のように穏やかな海だったよ。
 小さなさざ波に太陽が反射してね。
 横浜より東京を見たいって言ったから、運河めぐり。
 すごく穏やかな川面に心地よい晩夏の風…。
 キャッキャとはしゃいでた。
 カラカラと2人で笑ってた。
 まるで小さな子どものように。
 隅田川を下って、いつもなら荒れてる東京港が鏡面のように静かでね。
 そのど真ん中を彼女と突っ切って。
 風に優しく頬を撫でられながら。


 レインボーブリッジをくぐった時、東京湾が開けた。
 海も風も、めちゃめちゃ優しくてね…。
 でも、帰港の時が迫ってた。

 「マリーナに帰るよ。東京にさようならって言いなさい。」

 その時、思い切り彼女の感情が爆発しちゃった!
 振り返って号泣してた。
 大声で喚き散らし、泣いていた。
 航跡の彼方に広がる東京に向かって叫んでた。
 
 「さようならーー!!」
 
 号泣しながら、ハングルで何か叫んでた。
 レインボーブリッジに向かって、何か叫んでた!
 何言ってるのかなんて分らないよ。
 サングラスかけてたけど、ミミ―も泣いちゃった…。

 こんな時、言の葉って無力だよ!
 海の女神にお願いするしかないよ!

 「どうか、こいつの未来に幸せをおいてくれ!」

 って。

 こいつの口からこんな悲しい響きを聞きたくなかったから
 ずっと押し続けちゃった
 違反だって知ってたけど、果てしなく自由な海だから
 ずっと押し続けちゃった
 警笛ボタンを
 
 さざ波に輝く太陽の光
 果てしなく蒼い空に響く警笛音…
 とてつもない悲しみに、海の女神は惜しみない優しさをくれた
 どこまでも蒼く、青い空の下で


 この想いに名前をつけるのは、あまりに軽薄だ
 それでも
 その時
 彼女が抱えている絶望と不安を取り払って救ってやりたい
 そう思った。
 たとえ自分にその資格があるなんて思えなくても
 今このひと時、彼女と海を見よう
 どこまでも蒼く、蒼く輝きつづけられるように
 海の女神に会いに行こう

 そんな思いでいっぱいだったんだ…。 



 たくさんの喜びと悲しみと、たくさんの感動と思い出と、それらが私たちの授業を輝かせてくれる。

 だから、ミミ―はなったんだ



 東京湾の海賊に。










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